前日までと変わらず、夜中バタッと目が覚めたり、
あまり眠れなかったりと、不規則不安定な生活が続いたのに、何故だろう?
まぁいいや。
何でか知らんがずいぶん具合が良くなったのは良いこと。
まだまだ100%ではないけど、昨日よりは楽だった自分に乾杯
さて今日のテーマ、ボランティアということですが。
今週の土曜日ね、とある所に出かけて。
近くのボランティア団体本部に出かけてきた。
なんかね、「初めてのボランティア」っていう講義みたいなヤツやるって言うから。
行ってみた。
ボランティア活動って、実に幅広くジャンルがあるんだな って。
何か困ってる人の役に立ちたい。
というのもあったけど、ボランティア活動を通じて1度やってみたいことがあった。
結構メジャーなジャンルだけど、障害者のために何か出来ないかなって。
しかも、その中でも担当してみたい分野は決まってる。
知的障害者のお世話をやってみたいな って
明確な理由はあります。
自分の弟に、同じ知的障害者がいるから。
小さい頃、自分に弟が生まれた。
自分は長男、彼は三男。
4〜5歳くらいにして、また弟が一人増えたって、
子供心にまた兄ちゃんとしてしっかりしないとな って思った瞬間だった。
ところが、その末っ子の三男、自分の弟が3歳くらいになっても、全くしゃべれない。
言葉が出てこないんです。
心配になって、病院に行って調べてもらった。
診断の結果、障害があるって。
しかも重度の障害。
上手く発音できない。
しゃべれない。
これからもずっと、そうだろうって。
診断の結果を伝えられて、両親はすごい悲しんだ。
自分も、子供心に悲しかった。
だが、悲しんでばかりいても仕方ないし。
この子が少しでも普通の健常者と同じように生活できるように。
同じように、楽しんだり悲しんだりして、生きていけるように。
何とかしてあげたいなって、思った。
それは、両親も自分も同じ。
小学校は、みんなと同じ学校の特殊学級に入った。
しゃべれなかったけど、特に周りの人たちに攻撃するようなこともなかったし。
弟の同級生の中には、他の人と同じように、仲良く優しく接してくれる人もいた。
同じ兄弟として、すごくうれしかった。
しかし、当然だけど、障害を持ってるからと言って差別する人もいた。
それは子供社会も現代の大人社会でも同じ。
こればっかりは、仕方のないことなんだと思う。
自分も、弟のことでいろいろ言われたりもした。
馬鹿にされたりしたことも、数知れずあった。
だけど、そんなこと気にしてても仕方ないし。
そんな周りの目に負けるものかと思って。
この子が生まれてきたことにも、きっと意味はあるんだと思う。
それが何かは分からないけど。
意味のない命なんて、無いんだと。
そして、自分の兄弟にこのような知的障害者が生まれてきたことにも、きっと意味があるんだと思う。
自分は、間違いなくこの子かあら何かしら得るものがあるんだと。
だから、周りから何を言われようと、全然気にならないし。
この子を守ってやれるのは、兄弟である自分だけ。
そう思ったらね。
きっと、そういう運命だったんだと思う。
やがて、この子が小学生も高学年に近づいてくると、次第に普通の小学校に通うのが難しくなってきた。
出来れば、ずっと周りの子と同じように、小学校、中学校と行かせてあげたかったけど、もう限界。
思春期に入り、次第にホルモンのバランスを保つのが難しくなってきて。
パニックになって暴れだすようになってきた。
特殊学級に居たから問題なかったけど、周りの子に暴力を振るうのも時間の問題に。
何とか普通の小学校でこのまま通えないものかといろいろ頑張って模索してみたけど、無理だった。
ついに、障害者の施設に入れることを決断。
両親も、やむを得ない判断だったと思います。
周りに迷惑をかけるワケには行かないし。
施設に入ったら、すぐに薬を飲まされるようになった。
パニックを起こしたときに飲む鎮静剤。
そうやって、周りの人たちに危害を加えないように生活していく。
施設に入ったら寮に入ることになったので、今までと同じように弟と生活することはなくなった。
時々、日曜日とかに寮に訪ねて、弟に会いにいくくらいに。
あと、時たま外泊許可が出て、土日に1泊くらいウチに弟が泊まったり。
やっぱり弟。
会えるとうれしい。
たとえしゃべれなくても。
弟も、たまに自分に会ったときは、うれしそうな顔をする。
やっぱ、この子も兄ちゃんと会えたらうれしいんだなって。
施設では、ただ単に周りの同じ障害者と生活するだけ。
食事して、草むしりして、体操して、スポーツして、 etc.
一緒に生活して、友達とかも出来たりして、とてもうれしそう。
精神状態が安定してるときは、本当に楽しそうに生きてるって。
施設の先生が言ってた。
ただ、少しバランスが崩れてしまうと、パニックを起こすこともしばしば。
たとえば、雨が続いてお外で遊べない時間が続いたり とか。
そんな些細なことが、あの子にはストレスとなって、パニックを引き起こすことも。
今は、遠く離れたところに住んでるので、滅多に弟に会うこともないけど、
たまに正月とかで実家に帰ると、弟も施設から年末年始の外泊許可が出てね。
年末年始とかは、本当に久しぶりに会う。
自分もやっぱり元気そうな顔を見れてうれしいし、
弟もめちゃくちゃうれしそうな顔をする。
ただ、当然だけど気をつかうよ、そりゃ。
常に弟の相手をしててあげないと。
彼はしゃべれないから。
ずっと放っておいたら、退屈になってすぐにパニックを起こす。
ずっとテレビを見たり、とかいうのももちろんダメ。
彼は、自分たちとは違って、TVで何をやってるのか理解できないんだから。
TVを見てる時間は、自分は楽しくても弟は同じように楽しめないから。
で、ずっと話しかけたりして接するんだけど。
ココが難しいところで、自分が未熟なところで、ず〜っと相手してるのも
弟はストレス感じちゃうらしい。
この辺は程度の問題。
で、ついついやりすぎてしまう自分が原因で、弟をパニックに導いてしまう。
年末年始、必ず1度は自分に襲い掛かってくる弟がいる。
暴れだすと、手が付けられない。
もう二十代半ばの男が引っかいたり、たたいたり、噛み付いたりしてくるんだから。
そりゃあもう怖い。
正月に必ず目立つところに傷をつけて帰るのが自分の常。
今年も、目の上に引っかかれた傷跡を作って戻ってきた。
「実家で何があったの?」って、毎回言われる(笑)
そんな弟だけど、絶対憎めないし。
弟も、好きでパニックになってるんじゃない。
好きで襲い掛かってるんじゃない。
これは、仕方のないこと。
これからも、ずっと弟を守っていかないと。
彼を守ってあげられるのは、自分たち身内しかいないから。
今は親が弟の面倒を見てるけど、いずれ親が居なくなるときが必ず来る。
その時は、本当に彼の面倒を見てあげられるのは、自分たち兄弟しかいなくなる。
それは、同じ兄弟に生まれた責任。
一生かけて、彼が幸せに人生を全うできるように、支えてあげないと。
さて、話は本題に戻るけど、同じ障害者が兄弟にいる自分しか理解できないことが、きっとあるんだと思う。
弟と同じような知的障害者に対し、自分しか分かってあげられないことが、あるのかもしれない。
そんな彼らの役に立つようなことを、以前から一度やってみたいと思ってた。
施設に行ったとき、担当の先生がやってるようなお世話の仕事、自分も一度体験してみたい。
世間では人気薄かもしれないけど、福祉関係の仕事って、やりがいあるのかも。
人の役に立つって、うれしいことなのかも。
ということで、これから探してみます。
空いた土日を有効活用して、人の役に立つようなコト、やってみたいと思う。
できれば、弟のような障害者の役に立つような活動を。
このような活動を通じて、自分も何か得るものがあると思うし。
それは、彼らと接していくことから得られることかもしれない。
同じように仕事をしてる仲間から、得られることかもしれない。
自分自身の幅を広げるためにも、ボランティア活動、始めます。
何か長くなったけど、こんな感じです。
前回か前々回の記事で宣言した、
自分の昔のことに関する記事。
何ていうか、リセットするために。
そして、今後の自分の糧にしたい。
今月は、出来るだけいろいろ書いてみたいです。
誰のためでもない、自分のために。
では、おやすみ。

